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ヴォーリズと病院のあゆみ

ヴォーリズ記念病院は、
「不治の病」と恐れられ遠ざけられた結核により、自身の友人や多くの若者が発病し死亡している状況を憂った、
ウィリアム・メレル・ヴォーリズとツッカー女史の多額の寄付金、そして、その同志の協力により
1918(大正7)年5月25日、結核療養施設「近江療養院」として開院されたのが始まりです。

それから100年を超える月日が過ぎた今でも
わたしたちは、ヴォーリズの「隣人愛と奉仕の業」の精神を継承し、医療を通して実践しています。

After more than 10 years of research and preparetion, the Omi Sanatorium was opened to patients in 1918.

Our original purpose was to operate a model Sanatorium, for the benefit of all Japan.

10年余の祈りと準備の後、近江サナトリアムは1918年病める人々のために開設された。

我々の本来の目的は全日本の医療社会事業のために模範的サナトリアムを経営することであった。

一柳 米来留

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
(William Merrell Vories(一柳米来留) : 1880年~1964年/近江八幡市名誉市民)

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

ウィリアム・メレル・ヴォーリズは米国コロラドカレッジの学生時代からYMCA(Young Men's Christian Association)活動に大いに影響を受け1905(明治38)年、YMCAの紹介で滋賀県立商業学校(現・県立八幡商業高等学校)の英語教師として来幡。
地域との信仰的な軋轢の結果2年で教師を辞することになるが、自身で現場監督をつとめた、京都YMCA館内に「ヴォーリズ建築事務所」を開設し、その後、様々な事業を展開するかたわら、近江基督教伝道団(近江ミッション)を組織。

1918(大正7)年3月、近江ミッションは「近江基督教慈善教化財団」を発足させ、同年5月に当時猛威を振るっていた結核問題への取り組みとして「近江療養院」(現・ヴォーリズ記念病院)を近江八幡市北之庄町の4,000坪の土地に開院しました。

1916~
「近江療養院」の誕生

1900年代当時、日本では結核が猛威を振るい、多くの若い人たちを冒していました。
ヴォーリズは、これを憂い近代的なサナトリアムを建てたいと、かねてからアメリカの友人にアピールしていました。
しかし、その矢先にヴォーリズの元に加わっていた遠藤が結核に発病してしまい、北ノ庄の大地に1棟の病室を建て彼を養生させました。
その後、ヴォーリズのアピールに応えた友人のミス・メアリー・ツッカーが、同じく肺結核で亡くなった母親のアンナの記念として療養院の多額の建築資金を寄付。

1918(大正7)年、晴れやかな五月晴れの25日に近江療養院 本館の献堂式(竣工式)が執り行われました。
この年、日本の結核死亡率は史上最高を記録。この点でも象徴的な年になりました。

近江療養院は1946(昭和21)年7月に近江サナトリアムと改称されますが、そこに至るまでは、世界恐慌による経営危機や太平洋戦争の荒波が容赦なく襲い、その道のりは平坦ではありませんでした。

1905明治38年

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ 来幡

1914大正3年

北之庄に4,000坪の土地を購入 路傍に無料休憩所『ロー・レストハウス』を設置

1916大正5年

近江療養院の前身となる診療所を竣工する。

富永孟医師・看護婦の山下ゑい従事する。


1916年5月5日 診療所の起工式(一番右がW.M.ヴォーリズ)

富永孟との出会い

ヴォーリズが滋賀県立第一中学校の英語教室で1人の青年と出会いました。
後の初代院長となる富永孟です。
彦根高校での出会いをきっかけに2人は将来のヴィジョン(結核療養所建設)について話し合っていたと言われています。京大医学部で学び、在学中から「結核」について「湖畔の声」に連載を託すなど富永孟は結核療養所実現のために共に夢を描いた同志であったと言えるでしょう。

富永 孟
1918大正7年

3月10日 近江基督教慈善教化財団(現 公益財団法人近江兄弟社) 設立

5月25日 近江療養院竣工式

富永孟院長、渡邊光太事務長、江竜一彦医師、西川與三郎事務員、看護婦5名、炊事員・雑務員若干名の体制でスタート。これで滋賀県内の民間結核療養所は2カ所となる。

6月10日 第1号患者入院


集合写真


近江療養院本館

1920大正9年

ヴォーリズが米国からX線機器一式とピアノ1台持ち帰る

1925大正14年

8月 病棟9棟、病床数50床

1929昭和4年

米国から蒸気消毒機、クレセント自動食器洗浄機導入

調理室・食堂の竣工

食事に関するヴォーリズのおもてなし

ヴォーリズの療養処方に「滋養分に富みたる適量の食物」とあり、食事にまつわるおもてなしの心を垣間見ることができます。
患者食堂というコミュニティがあり、そこで療養されている方に、例えばクリスマスディナーとしてスープ、サラダ、ローストチキン、デザートを提供しています。季節ごとのイベントでは、職員とともに供する機会が多くありました。

ヴォーリズが患者さんのことを「病友」「病客」と呼んでいたことも、隣人を愛することの大切さを物語っています。
食事の内容は決してぜいたくではありませんが、人と人をつなぐことに食する機会を大事にし、いろいろな食材をふんだんに使うなど心配りの料理を提供していました。

上記の背景から、当院の食事提供は100年を迎える現在でも全て有資格者が直営で行い食することで自己免疫力を上げ、楽しみの機会とすることに、ヴォーリズのおもてなしの心が今も受け継がれています。

1933昭和8年

島津製作所製レントゲン装置 桂号設置

看護婦寄宿舎落成

1935昭和10年

8月 新生館落成

1937昭和12年

礼拝堂(現:有形登録文化財)落成


当時の礼拝堂


現在の様子

1941昭和16年

12月 御下賜金受領

1945昭和20年

7月1日 全院を陸軍に提供、全患者退院

9月 終戦により返還され近江療養院 再発足

1945昭和20年

7月1日 全院を陸軍に提供、全患者退院

9月 終戦により返還され近江療養院 再発足

1946昭和21年

7月 近江療養院を「近江サナトリアム」と改称


近江サナトリアム

1947昭和22年

記念館竣工

1947年 記念館竣工
1947年 記念館竣工

1948~
近江サナトリアムから
ヴォーリズ記念病院へ

戦後、結核の治療は薬と手術によって大いに進み、さらに栄養状態が良くなるにつれて肺結核は急速に減りました。代わって増えたのが、がん、高血圧、脳卒中などの成人病です。
そこで一般病院としての体制を整えるため1967(昭和42)年に新館を建て、外来と一般病棟としました。さらに、1971(昭和46)年に院名を今のヴォーリズ記念病院と改めました。

ヴォーリズは医者ではありませんでしたが、ピューリタンの信仰を継いだアメリカの中流家庭に育ち、自分の体を清く保つ健全な衛生思想を持っていました。サナトリアムのために書いたヴォーリズの療養処方箋が残っており、その内容は現代の私たちにも当てはまるものです。

それになにより、院名にヴォーリズの名に冠して継ぐべきはその信仰です。
「あなたの隣り人を愛せよ」(マルコ伝12章31)に尽きます。
ここで隣り人とは、人類などというあいまいな観念ではなく、私の目の前にいる人のことです。その人のために尽くそうという心は、私たち医療看護の現場にいる者になくてはならぬ意志です。
私たちは、病院をヴォーリズ記念病院と名付けることによって、この信仰、意志を継いでいきたいと思っています。
(「湖国と文化」第51号(1990春)特集抜粋 平成の現代に生き続けるメレル・ヴォーリズ氏の偉業より)

1949昭和24年

BCG接種法制化

1950昭和25年

ストレプトマイシン輸入

8月 X線断層撮影装置設置

12月6日 胸部成形術第1例行われる

1954昭和29年

ストレプトマイシン・パス・イソニコチン酸ヒドラジド3者併用認可

1956昭和31年

9月 平和館竣工

1958昭和33年

結核予防会総裁秩父宮妃ご来臨


1958年 秩父宮妃(結核予防会総裁)

1962昭和37年

4月24日 第二平和館竣工

10月3日 衛生委員会が組織(従業員数が100名を超す)

10月31日 優良集団給食施設として表彰

1964昭和39年

創立者ヴォーリズ 永眠

1967昭和42年

1月21日 新館竣工式

4月1日 循環器科開設


新館

1971昭和46年

5月25日 「ヴォーリズ記念病院」と改称


5月25日 「ヴォーリズ記念病院」と改称

1972昭和47年

11月 X線TV装置設置

1973~
新基幹病棟建築、
さらに在宅医療へ

この時期、結核医療機関から一般医療機関への移行に拍車をかけ、新機関病棟を建築しました。そうした体制整備を基盤に、さらに時代の要請を受け、在宅医療に力を入れ始めたのもこの時期の特徴です。

老人保健法に基づき厚生大臣の事業認定を受け、滋賀県の指定を受けて有料の訪問看護サービスを提供するもので、1993(平成5)年12月13日に訪問看護ステーションはちまんが開所式を迎えることができました。滋賀県下で3番目、民間では最初のステーションとなりました。

1973昭和48年

リファンピシンが結核医療の基準薬として正規に認知

1977昭和52年

11月 更生館2階と記念館とを結ぶ渡り廊下完成

11月 非常用自家発電装置設置

1979昭和54年

8月1日 滋賀県緊急医療情報システムに参加

1983昭和58年

薬局、コンピュータ導入


1983年 薬局、コンピューター導入

1987昭和62年

1月20日 消化器科設置

3月 全身用X線CT導入

5月 心臓超音波診断装置導入

1991平成3年

6月12日 新基幹病棟(旧本館)竣工

10月1日 別館改修 許可病床数187床(一般100床・結核87床〈実働41床〉)

1992平成4年

12月2日 整形外科設置

老人訪問看護ステーション創設

1993平成5年

夜間診療開始(毎週木曜日)

12月13日 訪問看護ステーションはちまん開設

1994平成6年

4月13日 ヴォーリズ記念病院福童診療所開設

7月1日 近江八幡市在宅介護支援センターヴォーリズ開設

1995平成7年

5月16日 温冷配膳車導入。適時適温給食を開始

7月 介護車導入

ヴォーリズ「里」ボランティア 第1期活動開始

1996平成8年

5月10日 新厨房棟竣工


1995年 温冷配膳車導入


1996年 新厨房棟竣工

初の認定看護師誕生

1995平成7年

4月1日 リハビリテーション科設置(理学療法Ⅲ)

4月16日 訪問看護ステーションヴォーリズ開設

1998~
結核医療から高齢者医療へ

2000(平成12)年に介護保険制度が制定され、ヴォーリズ記念病院は82年間にわたって結核医療に貢献してきた使命を国に返還しました。ヴォーリズが1918(大正7)年に近江療養院を開設して以来の歴史にピリオドを打ったのです。

時代とともに疾病構造が変わり、いまや高齢者医療をどのように支えていくかが問われる時代に突入しています。そうした時代の動きを受け、2003(平成15)年の年表に“今後の当院の進路”と題した一文が記載されています。

「ヴォーリズ医療・保健・福祉の里」構想の実現と、病院が里の中心となり、全体を支援する。
四病協が提唱している「地域一般病棟」は、地域に特化した医療機関・介護施設等のネットワーク機能が主体となり。リハビリテーション機能、ケアマネジメント機能、急性期病棟からの受け入れ、在宅医療の後方支援等を行い、比較的軽症の急性期医療を担う。
一般病棟・療養病棟のケアミックス体制、在宅診療部門、グループ内の老人保健施設との連携、介護保険在宅サービスとの連携によりトータルケアを目指し「地域一般病棟」のカテゴリーを病院の進む方向と定める(抜粋)

1998平成10年

3月1日 老人保健施設ヴォーリズ老健センター開設

5月10日 ヘリカルCT導入

6月 消化器内視鏡センター設置

8月1日 ホームヘルパーステーションヴォーリズ開設

2000平成12年

82年間開設していた結核病棟を閉鎖

4月1日 ヴォーリズ居宅介護支援事業所開設

4月10日 療養病棟60床開設(介護療養型医療施設44床、長期療養型病床群16床) 許可病床数160床


療養病棟60床竣工開設

2002平成14年

10月1日 リハビリテーション科作業療法Ⅱ、言語聴覚療法Ⅱ開設

訪問看護ステーションはちまん、ヘルパーステーションヴォーリズ、ヴォーリズ居宅介護支援事業所が新館地下に移転

2003平成15年

2月1日 患者憲章制定

3月17日 MRI検査開始

12月15日 (財)日本医療機能評価受審認定

2004平成16年

5月11日 言語聴覚士2設置

6月1日 院外処方箋発行開始

6月11日 毎週金曜日整形外科夜間診療開始

2005平成17年

1月30日 すこやかフェスタ2005

2006~
終末期医療と
回復期リハビリテーション病棟の開設

高齢者化社会の進展やがん患者の増加などから、このころから終末医療(ホスピス緩和ケア)への関心が高まりました。
ヴォーリズ記念病院でのホスピス緩和ケアの特徴は、施設と在宅との切れ目のない診療体制をとっていることにあり、患者さん、家族の希望によってホスピス入院か在宅ケアかを選択してもらえることです。
当院ホスピスは2006(平成18)年10月に院内独立型として県内では4カ所目のホスピスとしてオープン。ホスピスデイケアを発展させ、ホスピスが最期の場所としてあるのではなく、人生半ばから病と共に歩むことを通して生を充実させるためにあることを地域住民に伝えることも大切な役目でした。

さらに、2009(平成21)年には回復期リハビリテーション病棟を開設しています。
当時の医療保険でのリハビリテーションには期限があり、限られた日数の中で1日の実施時間を充実させること、実施日数を増やすことが求められました。そこで、年末年始やGW、祝日連休に患者サービスが連続して休むことがないように適正なスタッフを確保。この回復期リハビリ病棟開設によって、介護予防や生活習慣病予防から維持期リハビリを担う訪問リハビリまでシームレスなサービスが可能となったのです。

2006平成18年

1月17日 緩和ケア病棟開設

メディカル・フィットネスセンター・ヴォーリズ開設(平和堂近江八幡店内)


緩和ケア病棟開設


緩和ケア病棟2階デイルーム

2007平成19年

9月5日 病院機能評価受審

脳血管疾患等リハビリテーションⅠ取得

障害者病床認可

2008平成20年

4月1日 介護療養病床16床を医療療養病床に変換 医療療養病床60床

5月26日 平成20年度栄養関係功労者知事表彰受賞 栄養科

9月15日 病院機能評価受審

訪問看護ステーション2カ所を合併、「訪問看護ステーションヴォーリズ」となる。

2009平成21年

3月2日 放射線科PACS稼働

3月31日 福堂診療所閉所

4月30日 障害者病棟50床閉床

5月1日 一般病棟を療養病棟に変更。療養病床42床運用開始

8月1日 回復期リハビリテーション病棟42床開設。許可ベッド数168床

2010平成22年

10月26日 病院機能評価付加機能(緩和ケア機能)を受審、認定

2011平成23年

2月 マルチスライスX線CT装置稼働

4月 Dlco(肺拡散能力)検査が出来る総合肺機能測定装置採用

8月 医事コンピューターの変更、自動再来器廃止

ケアサポートの導入

12月5日 ホスピス病棟ドキュメント映画『いのちがいちばん輝く日』制作

2012平成24年

2月1日 電子カルテ稼働

4月 睡眠時無呼吸症候群(SAS) の診断に役立つ簡易PSG検査導入

4月 一般財団法人から公益財団法人へ名称変更

2013平成25年

12月15日 病院機能評価認定書受理

医師クラーク導入

2014平成26年

3月29日 新棟東館竣工式

4月1日 リハビリテーションセンター新棟東館3階に新設

新棟東館
新棟東館

5月26日 DPCシステム導入

7月1日 びわこメディカルネット運用開始

10月1日 亜急性期病床廃止、地域包括ケア病床新設

11月 メディカル・フィットネスセンター・ヴォーリズ、平和堂近江八幡店閉鎖に伴い、ヴォーリズ老健センター内へ移設

2015~
総合リハビリセンターの充実と
在宅医療の一層の拡充

この時期導入された「看護小規模多機能型居宅介護」を担う拠点『友愛の家 ヴォーリズ』を開設。
在宅療養の「限界点」を上げる、医療依存度の高い方も「在宅」で過ごせる、独居の方も安心して 「在宅」で過ごせる、「最期」までその人らしい生活を送れる、介護者が介護のために離職しなくても済む…を掲げて活動しています。

また、『ヴォーリズ医療・保健・福祉の里』で地域包括ケアシステを機能強化するため、在宅療養支援部を創設しました。
在宅療養支援病院の役割を深化させ、患者さんがいつでもどこでも切れ目ない医療・介護が受けられることを目的としたものです。具体的には、24時間連絡受付、24時間往診・訪問看護の手配、緊急入院受け入れ、患家への連絡先情報提供、診療記録管理、他の保健医療福祉サービスとの連携、在宅看取り数等の報告、入院支援、紹介患者受け入れ調整・相談・営業などです。

このほか、近江八幡・蒲生医師会「在宅療養支援センター」の委託業務としてベッドコントロールマネジメント業務や入院時患者情報入力業務、退院前後訪問、退院支援業務、カンファレンス参加などを実施。
入院から退院と退院後の支援をつなぐことで『時々入院、ほぼ在宅』の地域ニーズに応え、「患者支援センター」を拡大して訪問診療機能を統括する部門を創設することで、地域貢献を目指すのが目的です。

2015平成27年

在宅療養支援病院単独強化型取得

障がい児リハビリテーション開始 小児科医師・作業療法士協力体制
医療療養病棟入院管理料1へランクアップ

医療行為の増大・看取りの件数増

2017平成29年

回復期リハビリテーションⅠ

看護小規模多機能型居宅介護「友愛の家ヴォーリズ」開設


友愛の家ヴォーリズ

在宅療養支援部創設

2018平成30年

5月27日 開院100周年記念式典


開院100周年記念式典


記念講演

2019~
地域療養支援部開設

当院は、急性期から回復期、慢性期、終末期まで広範囲の機能を有する「唯一の」病院としての役割を果たすべく、地域へのさらなる貢献と、すべての地域住民が安心して暮らせるセーフティーネットの構築を目指すことを目標とし、2019年4月より「地域療養支援部」が開設されました。

2019令和元年

4月 地域療養支援部開設

2020令和2年

6月 PCR検査(ドライブスルー)開始

10月 病院新築移転先の造成工事開始

2021~
新病院建築

患者さん、利用者さんの利便性が向上すること、そしてより良い療養環境を提供することを目的として、病院を新築移転しました。
地域のみなさまが自分らしく生き続けることができるよう、新病院においても地域に密着した医療と地域包括ケアの推進に力を注いでまいります。

2021令和3年

新病院建築 起工式


3⽉13⽇ 新病院建築起工式


工事中の新病院

11月 新型コロナウイルス対策病床2床運用開始

2022令和4年

新病院建築 竣工


10月10日 新病院竣工式典


10月10日 新病院竣工式典